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【中込英夫】第40回コラム「私の指導観」

 気がつけば私の人生の2/3以上の時間をトライアスロンと共に過ごしています。経済的な消費もかなりのものだと予測できますが、怖いから予測しません・・・
 
 さて、現役選手を終えて10年以上経ちますが、私の現在のトライアスロン選手への指導観は「誰でもオリンピックに出場できる」未だにこんな事を本気で思い指導しています。本気でそう思って私の元に来てくれる選手に対しては最初どんな未熟でも時間はかかりますが本気で付き合って行きます。
 
 トライアスロンがオリンピック競技になった頃からやっぱり日本でもトライアスロンでメダル獲得が目標として掲げられました。
そして、その目標を達成するのに現在一番重要視されているのがスイムです。今では水泳選手でなおかつ走れる選手、陸上競技をやっているが幼い頃、水泳をやっていた事がある選手を発掘してメダリストに育てようとしています。これも一つのメダリストへの道で素晴らしい取り組みだと思います。
 
 しかし、私は水泳が苦手でもメダリストに! を地道に行っています。
 
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 派手さはありませんが皆が皆、水泳得意な選手だけを育ててしまっては幅広い人材が発掘されない可能性もあります。
たしかに現在の世界的なレベルで考えるとスイムで出遅れる事は致命的ですがスイムが苦手で始めた選手は時間はかかりますが、その間にバイク、ランを強化する事が出来ます。
 
 そして、徐々にスイムが伸びてくるとそのバイク、ランがとても生き生きしてきます。
これまでの日本の女子選手を見るとその時代時代でトップに君臨していた選手は皆、スイムがそれほど得意ではありませんでした。それでも世界のトップレベルに達し、日本では長い時間トップに君臨しています。
 
 私と同じ時代80年代〜90年代は高橋希代子選手、スイムが圧倒的に苦手でしたが男性なみの力強いバイクが武器でした。続く90年代からシドニーオリンピック時代は細谷はるな選手、私が指導していた選手ですがやはりスイムで出遅れる事が多くバイク、ランで上位に行くスタイルでした。2000年の石垣島W杯では細谷選手がトップでランニング途中まで走っていたと言う衝撃的な記憶が鮮明に残っています。
そして、その後庭田清美選手、今では上田藍選手と水泳が得意とは言えない選手が続いています。
 このような選手たちが活躍していたと言う事実に私は期待し、視野を広げて水泳が苦手でも時間をかけて練習すれば結果が出てくると言う事を楽しみにしています。
これが、今の私の指導観です。諦めずに「俺も!」、「私も!」とトライアスロンが好きでしょうがない選手たちと出会いたいと思います。時間はかかりますが・・・
 
 そして、年齢、レベルを問わず誰もが楽しめるクラブ作りと生涯現役を皆で進めて行きたいと思います。トライアスロンで充実した時間をたくさん作りましょう!
 


(文・写真:中込英夫|湘南ベルマーレスポーツクラブ トライアスロンチームコーチ)

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